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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)244号 判決

控訴人 検察官 大越正蔵

被告人 小池勇

検察官 神野嘉直

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

検察官大越正蔵の控訴の趣意は記録中の同検察官名義の控訴趣意書と題する書面記載の通りであるからここに之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

原判決を査閲すると同判決は論旨摘録の如き前後三回に亘る併合罪たる各窃盗の事実を認定し刑法第二百三十五条第四十五条前段第四十七条第十条を適用の上被告人を懲役八月に処し且同法第二十五条第一項を適用して同裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する旨の判決を為していることが明かである。而して本件記録中の被告人に対する前科調書(記録四十六丁)確定判決の写(記録六十丁六十一丁)起訴状の写(記録六十二丁六十三丁)の記載によると被告人は曩に昭和二十八年八月二十五日一宮簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年、三年間執行猶予の判決を受け同判決は同月九日確定し原判決当時右刑の執行猶予期間中であつたものであることが明かであり、右確定判決により認定された事実と原判決認定事実とを照合すると原判決認定事実は右確定判決により認定された事実と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にある事実であることは洵に所論の通りである。原審がその認定事実につき再度執行猶予の言渡をしたのは論旨に指摘する昭和二十八年六月十日(控訴趣意書に昭和二十六年とあるのは誤記と認める)の最高裁判所大法廷の判決により示された刑法第二十五条第一項の解釈の趣旨に従つたものと解されることは所論の通りであるが、論旨は右大法廷の解釈は昭和二十八年十二月一日施行に係る刑法等の一部改正により新設された刑法第二十五条第二項により変更され同改正法律施行後は本件の如き所謂余罪にかかる事案についても再度の執行猶予を為すべき場合は凡て同法第二十五条第二項に準拠すべく従つて同法第二十五条の二によつて保護観察に付すべきものであると論ずるのでこの点につき審究するに前記最高裁判所大法廷の判決は所論の通り刑法の一部改正に関する法律施行前における判決ではあるが、刑法第二十五条第二項の新設規定の設けられる前に同条第一項の解釈として為されたものである。即ち所謂余罪が前の確定判決を受けた犯罪と同時に訴追され同時に裁判を受けたとすれば凡ての罪につき執行猶予の恩典に浴し得たであろうという情状のある案件については前の確定判決による執行猶予の期間中であつても同法第二十五条第一項により更に執行猶予の言渡を為し得べきものと解釈すべきことを明にしたものである。この解釈は前記改正による同条第二項の規定により直ちに変更されたものと解することは出来ない。何となれば同条第二項の規定により再度の執行猶予を付する為には一年以下の懲役又は禁錮の刑の言渡を為す場合であることを要し且同法第二十五条の二により必ず保護観察に付することを要するのであるが、余罪につき前記最高裁判所の判例の趣旨に従い特別の情状ある場合において執行猶予の言渡を為す場合においては三年以下の懲役又は禁錮に対してもその恩典を与えることが出来るし、又保護観察に付する必要もないのである。所論はこの点に言及しかく解するときは刑の軽いものに極めて厳格な条件が付され、刑の重いものにつきこの条件を伴わないのは不合理であるが如く論じているけれども前記最高裁判所の余罪に関する判決は前説明の通りの特別の情状を条件として同法第二十五条第一項の解釈上更に執行猶予の言渡を為し得べきものとしたのであるから三年以下の懲役又は禁錮の刑につき執行猶予を付し、又保護観察に付さないこと自体は些かも所論の如き不合理な結果を生ずるものとは考えられない。却つて若し余罪についても新設規定により最高裁判所の判決が変更され凡て同条第二項及び第二十五条の二の規定を適用すべきものと解すればいわゆる余罪が前の確定判決の事実と同時に審判を受けたとすれば凡ての罪につき執行猶予の言渡を受けたと認められる情状があり而も犯情に照して刑は一年以上の刑を相当とする場合には執行猶予を付すべき情状があるのに之を付することが出来ず之を付しようとすれば一年以上の刑を相当とするのに一年以下の刑に切下げなければならないこととなり、これこそ一般の情理に照し極めて不合理な結果と謂わなければならない。仍つて結局原判決が之と同一の解釈に従い被告人に対し前記の如く量刑し三年間執行猶予の言渡を為し保護観察に付する言渡を為さなかつたのは相当であつて原判決には所論の如き法令の解釈を誤つた違法はないのでこの論旨は理由がない。

その外原判決を破棄すべき事由はないので刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 羽田秀雄 裁判官 小林登一 裁判官 石田恵一)

検察官大越正蔵の控訴趣意

第一、原審判決の要旨

被告人は

一、昭和二十八年五月二十日頃、名古屋市中川区運河通り一丁目四番地丸栄海運社事務所に於て土田庄吉保管にかかる四球ラジオ一台時価三千円相当を窃取し

二、同年六月上旬頃、同市中村区松原町五丁目五十四番地山田ともえ方に於て同人所有の中古鉄製梯子一個時価五千円相当を窃取し

三、同月二十三日頃、同市中村区西米野町一丁目八十二番地浜野しか方に於て同人所有の現金八千五百円在中の白色布製手提鞄一個を窃取し

たものであると公訴事実の全部を認定し被告人を懲役八月に処すると共に三年間右懲役刑の執行を猶予すると言渡しを為したものである。

第二、前記の原審判決には法令の適用を誤つた法令違反がある。

即ち、原審判決は執行猶予期間中の被告人に対し再度の執行猶予を言渡すに当り、刑法第二十五条第一項の解釈を誤り同条項を適用しこれに保護観察を付する言渡しをしなかつたのは刑法第二十五条第二項及第二十五条の二の解釈を誤りその適用を逸脱した法令違反があり判決に影響を及ぼすこと明らかである。

(一) 被告人は昭和二十八年八月二十五日一宮簡易裁判所に於て窃盗罪により懲役一年三年間執行猶予の言渡を受けその判決は同月九日確定していて現に執行猶予の期間中の者であり、原審の認定の事実は右の確定判決前に犯されたものであることは前科調書(記録第四十六丁)一宮簡易裁判所における右確定判決の写(記録第六十丁、第六十一丁)起訴状の写(記録第六十二丁、第六十三丁)により明白であつてその罪と本件事実とは刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるものである。

(二) 原審判決は本件事実につき刑法第二十五条第一項を適用して再度刑の執行猶予の言渡をなしたものであるが、これは昭和二十六年六月十日の最高裁判所の大法廷の判決による今次刑法改正前の刑法第二十五条第一項の解釈より導き出されたものと思われるが、この判決は昭和二十八年十二月一日より施行された刑法等の一部改正による刑法第二十五条第二項の新設規定によつて変更されたものと見るべく同条項の解釈に影響を与えるものでなく当然同条項を適用して刑の執行を猶予した上、同第二十五条の一の規定により保護観察に付さねばならぬのに拘わらずこと茲に出でず同法第二十五条第一項を適用したのは誤りである。

抑も刑法第二十五条第二項は、本件の如き執行猶予の言渡前に犯されたものであると執行猶予期間中の再犯であるとを問わず適用されるものであることは同条項竝同法第二十六条第一号、第二号の文言に徴し明らかで何等制限的に解すべき根拠はない。若し仮りに再度執行猶予を言渡すに際し刑法第二十五条第一項の適用もみるべきであるとすれば一年以上の懲役又は禁錮を言渡すについても執行猶予を与え得べく、且つその執行猶予に保護観察に付することも要しない。他方同条第二項の適用を受けるものとすれば一年以下の懲役又は禁錮を言渡すべき場合に限り、而も情状特に憫諒すべきものであるとの厳格な条件の下に執行猶予が與えられるのであつて、更に之に対しては必ず保護観察に付せねばならぬ。即ち、刑の軽きものには厳格な要件を設けて保護観察に付し重きものについては放任する結果に立ちいたる。斯様なことはもとより法の趣旨にあらざることは勿論であるといわねばならぬ。

以上の諸点より原審判決は法令の適用を誤つたものであるから破棄の上、執行猶予につき保護観察を付せられたく控訴した次第であります。

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